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唐梨の木

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注意:この話は犬桔(50年前)です。

更新しないとか言っておいて、上げます(笑)しかもよりによって犬桔。
話の時期的に今上げないとタイミング無くすので。
50年前なら、犬桔も耐えられます。
この2人って考えてみれば、和製ロミジュリですよね~。許されない恋をして、すれ違って死んじゃうって。


***

50年前、巫女と女の狭間に揺れる桔梗。

拍手[9回]

さつき

「桔梗さま、見て見て!」
幼い声に呼ばれて、桔梗は薬草を摘む手を止め振り返った。
 後ろに立っていたのは、大きく上げが取られた着物を着た加代という村の子だ。にこにこと笑う日の丸を染め抜いた頬の少女の髪には、彼女の頭には少々大きすぎるのではないかという、唐紅のさつきの花簪が差してあった。
「おや、随分とおめかしをしたんだね。かわいいよ」
 幾枚かの唐紅の花をひとつにまとめたさまは、まるで鞠のようだと思った。幼くとも着飾り、美しくなりたいと思うのは、女の性か。
 桔梗に見せるように右を向いていた加代は、褒められて嬉しそうに笑った。
「あー!ずるーい」
 突然上げられた声に、何がずるいのかと視線を加代から外し、その背後から駆けてくる子らに移した。それぞれの髪に差さっている物を見て、ずるいの意味を理解した。
 駆けてきた4人の少女たちもまた、髪に花簪を差していた。中には両側に差しているものもいる。
「もう、加代ったらいなくなったと思って探したんだよ。それなのに、桔梗さまに見せに行ってたなんてずるいよ」
 口を開いたのは、加代の姉の美代だ。妹とそっくりな日の丸を膨らませて怒る姉に、1人抜け駆けして桔梗に褒めてもらいに来た加代は、誤魔化すようにへらりと笑った。
「皆もとても似合ってるよ。まるでこれから童舞を舞うようだね」
桔梗が少女たちに向かって微笑みながら言った。
「本当?それじゃあ、白粉塗って、紅も差さなきゃ」
 そう言って、頬に粉をはたいたり、薬指で紅を差す仕草をする。そんな唐紅の小鞠を付け、戯れる少女たちに桔梗は僅かに目を細めた。
 この子たちのように無邪気に着飾ったのはいつのことだったろう。
幼いころに、この類希な霊力を見込まれ巫女としての修行を始めた。そのため、少女たちのような遊びをしなかったわけではないが、それでも色褪せた懐かしい記憶でしかない。

 巫女になったことを後悔したことも、常人離れした霊力を恨んだこともない。巫女は自分の天命と受け入れ、運命に沿う。
四魂の玉という妖玉を清める役目を負ったのも、この世に生を受けたときに託された宿命だと、そうして生きていくのだと信じている。そこに迷いはない、はずだ。
それが最近、揺れ始めた。
けして巫女を辞めたいわけでも、仕事を放棄したいわけでもない。
ただ、自由に笑ったり泣いたり怒ったり・・・恋をしたりする村の娘たちが、少しだけ眩しく見えるときがあるだけ。

「はい、桔梗さま」
 僅かな物思いに耽っていると、桔梗の目の前に唐紅が差し出された。
「桔梗さまにも、差し上げます」
「ありがとう」
 加代のもみじのような手からさつきを受け取った桔梗は礼を言った。しかし加代はやや不服そうな顔をして見つめてくる。
「桔梗さまも髪に挿して。きっととてもよく似合うよ」
「え・・・」
 思わず桔梗は手元のさつきを見た。唐紅色が陽光に照らされ鮮やかに輝く。己が身につけている緋袴よりも、華やかで優しい色をしていた。
 それを身につけるのを桔梗は躊躇った。妖怪の血に染まった緋袴を身に纏う自分には、とてもじゃないが、華やかすぎる。
「桔梗さま?」
 動きを止めてしまった桔梗を、加代たちが不安げに見上げてくる。その視線に気づき、桔梗は小さな罪悪感を覚えた。自分が迷ってしまったために、少女たちを不安にさせてしまうとは。
「ごめんね。どこに挿そうかと、悩んでしまったよ」
 困ったように笑って見せると、少女たちはほっとしたような表情になった。
「加代たちとおんなじとこに挿せばいいよ。加代が挿してあげる」
「あ・・・」
 桔梗の手から、さつきを抜き取ると桔梗の左側に回った。
 小さな加代の手が桔梗の黒髪をさらりと撫で、耳の上にさつきの枝が挿し込まれる。こめかみに唐紅の花弁が触れて、くすぐったい。
「はい。うわあ、桔梗さま、とっても綺麗」
「うん、まるでお姫【ひい】さんみたい」
 口々に少女たちからの賛辞を受けて、桔梗の胸の奥がぷくりとその名を持つ花の蕾のように膨らむのが分かった。その蕾がなぜだか落ち着かない気分にさせる。 
それでも、さつきを飾った少女たちに混ざって、今だけは気持ちだけでも着飾っていたいと思った。

 

 その後、花簪を差したまま、少女たちに薬草や花の名前を教えたり、戯れに歌を口ずさんだりしながら暫く過ごした。日がやや傾く頃、先に少女たちを帰した桔梗は、1人になった。
 少女たちが見えなくなると、髪に挿した花簪に手を伸ばしたが、抜き取ることはできなかった。代わりにそっと花弁を撫でた。

「おい」
 振り返れば、鮮やかな緋色が目に飛び込む。そして流れ落ちる滝のような銀色の髪、その頂に生える獣の耳が、それらの持ち主である少年の人外たるを示していた。
「犬夜叉か」
 気付いていないわけではなかった。むしろこの少年の妖気を感じ取ったからこそ、少女たちを帰した。そうしなければ、少年はこちらには来ないだろうから。
「どうしたんだ?それ」
 どかりと1人分を空けて犬夜叉が桔梗の隣に座った。その視線は桔梗の目よりやや左に据えられている。
「さっき、加代たちから貰ったのだ」
 遠巻きに見ていただろうにと思うが、説明をしてやる。犬夜叉はこれを付けた自分を見てどう思うだろう。
子どもの遊びに付き合うなんて、と笑うだろうか。似合いもしないことをしてと、馬鹿にするだろうか。それとも・・・
「らしくねえな」
 以前にも聞いた台詞が少年の口から発せられた。それを聞いた途端、桔梗の中の蕾が萎んでいく。
「・・・そうか」

 (一体私はなにを期待していたというのだ)

 そう心中で呟く桔梗の隣で、犬夜叉は笑った。
「そんなもん挿して、そんな顔してたら、とても尊い巫女様には見えねえぜ」
 驚いて犬夜叉を見れば、してやったりという顔でこちらを見ていた。
一旦萎んでしまった蕾が、その一言でほころびそうになる。
「そうか・・・」
そう言って桔梗は視線を外した。

 ああ、この異形の少年は呪を操るのだろうか。彼の言霊は私の中の花を咲かせようとする。決して咲いてはならぬその花を、私は見たいと思ってしまっている。
迷ってはならぬ、振り返ってはならぬ。まっすぐ前を見ていなければ、心に隙が生まれる。巫女とは常に完璧でなければならないというのに。
 
だからこれ以上は、踏み込んでくれるな、踏み込ませないでおくれ。

 
そうでないと巫女【わたし】が壊れてしまう。

 それでも―――

 彼の目に映る私は、巫女ではなかった。

 
 2人の間を初夏の風が吹き抜け、長い髪を弄んでいった。
 
 静かに墜ちてゆく太陽のように。今この時が永遠に続けばいいとさえ、思ってしまった。



*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*


犬夜叉の台詞は、本人は嫌味のつもりです。説明しなきゃ分からない書き方すな。

多分最初で最後になるであろう犬桔SSでした。
 
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