唐梨の木
Since 2006.12.12
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不安定固定剤
「!、かごめ?」
突然後ろから抱きしめられて、犬夜叉は背中に引っ付いた人物の名を呼んだ。
近づいてくる匂いと気配で、それがかごめだということは、ずいぶん前からわかっていた。かごめの突飛な行動には慣れてきたし、最近はこういった触れ合いにも必要以上に慌てることも無くなった。
それでも、こんな唐突な抱擁は珍しい。いつもなら犬夜叉が気づいているとわかっていても、一度声を掛けてくる。それなのに今日は、未だかごめは一言も発してこない。腰に回された腕が強く自分を抱きしめる。
「かごめ?」
「・・・」
いつにないかごめの様子にだんだん不安になってくる。
もう一度名前を呼んでみるが、答えは返ってこない。変わりに、回された腕にさらに力が入った。
ぎゅうぎゅうと締め付けるように抱きしめられ、動きにくくはあるが、か弱い女の細腕で抱きしめられても苦しいとは思わない。 むしろ密着した背中から伝わるぬくもりに心地よささえ感じてしまう。
「どうした?」
一瞬頭をよぎった考えを振り払うと、腰に回された腕に手を添え、顎を反らして上を向く。こつんと犬夜叉の後頭部がかごめの頭頂部に乗った。
視線の先には、薄曇りの白い空が広がっていた。
「犬夜叉は・・・」
「ん?」
背中に顔を押し付けているため、くぐもった小さな声だが、獣の耳はしっかりと拾った。
ぎゅっと火鼠の衣が握り締められる。
「私をひとりにしないよね?」
「当たり前だろう。急にどうしたんだお前」
即答で答えた犬夜叉だったが、思いもよらないかごめの問いに、ざわざわと胸が落ち着かなくなる。それでもかごめは何でもないと頭を振った。そのかごめの反応に短気な少年は焦れた。
「何でもなくないだろうが」
そう言うと、かごめの腕を解いて正面から抱きしめる。びくりとかごめの肩が揺れた。前から華奢だと思っていたその肩が、こちらに来てから、さらに薄くなっていた。
慣れない生活にかごめが苦労していることも、ときどき寂しそうな顔をする事も知っている。けれど、かごめは一度も弱音を吐くことも愚痴を零すこともしない。少なくとも犬夜叉の前では。そのことがなぜか無性に悔しかった。
楓に付いて巫女の仕事をするときも、日常の生活の中でも、できるだけそばにいた。一番近くで、今度は犬夜叉がかごめを支えてやりたかった。身一つで時空を越えてきたかごめに精一杯の誠意で答えたかった。
それなのに、かごめは犬夜叉の力を借りなくとも自力で立つ術を知っていた。もちろん、周囲の手助けを受けてはいるが、きっとそれほど時間を掛けずとも、かごめはこの地に自分の居場所を築けるだろう。
犬夜叉はまだ、この村での居場所を掴めきれずにいるというのに。
犬夜叉に正面から抱きしめられたかごめだが、額を袷に押し付けるようにして顔を上げようとしない。顔の見えない抱擁が焦れったく感じる。
こんなに体は密着しているのに心が見えない。無理矢理にでも顔を上げさせようかと思っていると、胸元からか細いかごめの声がした。
「ごめんね・・・。ちょっと弱い私が出てきちゃったみたい」
今情けない顔してると思う、と続けるとさらに額を胸に押し付けてきた。そんなかごめが、一際小さく感じた
かごめが1人で立てるなんて、どうして思ったのだろう。腕の中のこの存在は脆くて強い、強かでいて儚い、そんな矛盾だらけで、愛しい人間の女なのだ。
腕の力を少し強めて、頬をかごめのこめかみに押し付けた。髪から優しい香りが登る。
かごめの匂いを一度深く吸うと、思い切って、ずっと聞きたくても聞けなかったことを口にしてみた。
「帰りたくなったか?」
今まで肯かれるのが怖くて聞けなかった。声が震えぬよう努めると、思いのほか、低い声が出た。
「ううん、違う!でも、時々どうしようもなく寂しくなるときがあるの。あの時―――あの闇に閉じこめられた時に感じたような・・・本当は自分はひとりぼっちなんじゃないかって気がしちゃうの」
「そんなわけ無いだろうが。おれがいる。・・・他のやつらもみんな」
「うん、わかってる。わかってるのに不安になる弱い私がいるんだ」
そう言うかごめは、迷子の子供のように犬夜叉にすがりついていた。
小さな手で、離すまいと必死に手を握り締めてくる。安心する場所に連れて行って欲しくて、泣くまいと口を引き結んで、不安と寂しさに耐えている、そんな風に見えた。
しかし、犬夜叉もまた同じように道を探して、不安に圧し潰されそうになっている迷子にすぎなかった。
受け止めたい。支えてやりたい。
(けれど、その方法がおれには、わからない。かごめがしてくれたように、さり気なく手を差し出す術をおれは知らない)
「なあ、おれはどうしてやればいい?」
だからこれは、ずるいかもしれないが、本人に直接聞くしかやり方が思いつかなかった。
「こうやって抱きしめて欲しい。すごくほっとする」
「わかった」
少し力を弱めて今度は包み込むように抱きしめた。胸元にあったかごめの手が背中に回される。けれど今度はさっきのようなすがりつくような必死さは感じられない。子供をあやすように、かごめの背を撫でてやるとくすぐったそうにかごめが笑ったのがわかった。
かごめが顔を上げたら、一緒に笑おう。
まだまだ不器用な笑い方しか知らないけど、かごめとなら笑うことができるから。
お互いまだひとりでは立てないけど、ふたりならどんな嵐にもまっすぐ立っていられる。
いつの間にか薄曇りの空から、僅かに光が射してきていた。
「!、かごめ?」
突然後ろから抱きしめられて、犬夜叉は背中に引っ付いた人物の名を呼んだ。
近づいてくる匂いと気配で、それがかごめだということは、ずいぶん前からわかっていた。かごめの突飛な行動には慣れてきたし、最近はこういった触れ合いにも必要以上に慌てることも無くなった。
それでも、こんな唐突な抱擁は珍しい。いつもなら犬夜叉が気づいているとわかっていても、一度声を掛けてくる。それなのに今日は、未だかごめは一言も発してこない。腰に回された腕が強く自分を抱きしめる。
「かごめ?」
「・・・」
いつにないかごめの様子にだんだん不安になってくる。
もう一度名前を呼んでみるが、答えは返ってこない。変わりに、回された腕にさらに力が入った。
ぎゅうぎゅうと締め付けるように抱きしめられ、動きにくくはあるが、か弱い女の細腕で抱きしめられても苦しいとは思わない。 むしろ密着した背中から伝わるぬくもりに心地よささえ感じてしまう。
「どうした?」
一瞬頭をよぎった考えを振り払うと、腰に回された腕に手を添え、顎を反らして上を向く。こつんと犬夜叉の後頭部がかごめの頭頂部に乗った。
視線の先には、薄曇りの白い空が広がっていた。
「犬夜叉は・・・」
「ん?」
背中に顔を押し付けているため、くぐもった小さな声だが、獣の耳はしっかりと拾った。
ぎゅっと火鼠の衣が握り締められる。
「私をひとりにしないよね?」
「当たり前だろう。急にどうしたんだお前」
即答で答えた犬夜叉だったが、思いもよらないかごめの問いに、ざわざわと胸が落ち着かなくなる。それでもかごめは何でもないと頭を振った。そのかごめの反応に短気な少年は焦れた。
「何でもなくないだろうが」
そう言うと、かごめの腕を解いて正面から抱きしめる。びくりとかごめの肩が揺れた。前から華奢だと思っていたその肩が、こちらに来てから、さらに薄くなっていた。
慣れない生活にかごめが苦労していることも、ときどき寂しそうな顔をする事も知っている。けれど、かごめは一度も弱音を吐くことも愚痴を零すこともしない。少なくとも犬夜叉の前では。そのことがなぜか無性に悔しかった。
楓に付いて巫女の仕事をするときも、日常の生活の中でも、できるだけそばにいた。一番近くで、今度は犬夜叉がかごめを支えてやりたかった。身一つで時空を越えてきたかごめに精一杯の誠意で答えたかった。
それなのに、かごめは犬夜叉の力を借りなくとも自力で立つ術を知っていた。もちろん、周囲の手助けを受けてはいるが、きっとそれほど時間を掛けずとも、かごめはこの地に自分の居場所を築けるだろう。
犬夜叉はまだ、この村での居場所を掴めきれずにいるというのに。
犬夜叉に正面から抱きしめられたかごめだが、額を袷に押し付けるようにして顔を上げようとしない。顔の見えない抱擁が焦れったく感じる。
こんなに体は密着しているのに心が見えない。無理矢理にでも顔を上げさせようかと思っていると、胸元からか細いかごめの声がした。
「ごめんね・・・。ちょっと弱い私が出てきちゃったみたい」
今情けない顔してると思う、と続けるとさらに額を胸に押し付けてきた。そんなかごめが、一際小さく感じた
かごめが1人で立てるなんて、どうして思ったのだろう。腕の中のこの存在は脆くて強い、強かでいて儚い、そんな矛盾だらけで、愛しい人間の女なのだ。
腕の力を少し強めて、頬をかごめのこめかみに押し付けた。髪から優しい香りが登る。
かごめの匂いを一度深く吸うと、思い切って、ずっと聞きたくても聞けなかったことを口にしてみた。
「帰りたくなったか?」
今まで肯かれるのが怖くて聞けなかった。声が震えぬよう努めると、思いのほか、低い声が出た。
「ううん、違う!でも、時々どうしようもなく寂しくなるときがあるの。あの時―――あの闇に閉じこめられた時に感じたような・・・本当は自分はひとりぼっちなんじゃないかって気がしちゃうの」
「そんなわけ無いだろうが。おれがいる。・・・他のやつらもみんな」
「うん、わかってる。わかってるのに不安になる弱い私がいるんだ」
そう言うかごめは、迷子の子供のように犬夜叉にすがりついていた。
小さな手で、離すまいと必死に手を握り締めてくる。安心する場所に連れて行って欲しくて、泣くまいと口を引き結んで、不安と寂しさに耐えている、そんな風に見えた。
しかし、犬夜叉もまた同じように道を探して、不安に圧し潰されそうになっている迷子にすぎなかった。
受け止めたい。支えてやりたい。
(けれど、その方法がおれには、わからない。かごめがしてくれたように、さり気なく手を差し出す術をおれは知らない)
「なあ、おれはどうしてやればいい?」
だからこれは、ずるいかもしれないが、本人に直接聞くしかやり方が思いつかなかった。
「こうやって抱きしめて欲しい。すごくほっとする」
「わかった」
少し力を弱めて今度は包み込むように抱きしめた。胸元にあったかごめの手が背中に回される。けれど今度はさっきのようなすがりつくような必死さは感じられない。子供をあやすように、かごめの背を撫でてやるとくすぐったそうにかごめが笑ったのがわかった。
かごめが顔を上げたら、一緒に笑おう。
まだまだ不器用な笑い方しか知らないけど、かごめとなら笑うことができるから。
お互いまだひとりでは立てないけど、ふたりならどんな嵐にもまっすぐ立っていられる。
いつの間にか薄曇りの空から、僅かに光が射してきていた。