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唐梨の木

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小気味良いチャイムと共に、ガタガタと椅子を引く音が教室に響く。勉強からの解放感を味わうような浮き立つ空気が漂う中、1人机に突っ伏したまま、床に沈み込んでいく勢いで落ち込むかごめがいた。
(どうしよう……全っ然解らない。もはや解らない所も判んないなんて……)
テスト、追試、受験、高校浪人などの単語が頭を駆け巡る。
まだ、国語や社会はなんとかなっている。問題は数学だ。先ほどの今日最後の授業では、もう先生は未知の言葉を発しているとしか思えなかった。
もしくは、かごめの知らない間に、高層ビルが神の怒りに触れる高さまで達して、言語が更にバラバラになってしまったのではないだろうか。

「かごめ、大丈夫?」
机に貼り付いていた額を剥がして声の主を見る。どうやら言語がバラバラになったわけではなさそうだ。その現実にまた少し落ち込みながら、心底心配している様子の友人に力無く笑いかける。
「あぁ、由香。うん、大丈夫、だといいな……」
もうほとんど願望だ。何か奇跡でも起きてこの現状を打開しなければ、今週末の模試はきっと壊滅的だ。いっそ大洪水でも起きて、全て流し去ってしまえばいいのに。
暗雲垂れ込むかごめの様子に、由香はにっという音が聞こえてきそうな笑顔を向けた。
「ねえ、かごめ、これな~んだ」
両手で顔の横に持ち上げたのは、なんの変哲もない、文具店で売られているピンクのノート。表紙に丁寧な字で「数学Ⅲ」と持ち主の名前が書いてある。その名前にかごめの表情が一気に輝く。
「それって、あゆみの……!」
「そ、しかもあゆみ特製数学まとめノート!」
「あゆみが、かごめが休んでる間の授業をまとめて、テストに出るところをピックアップしてくれてるんだから!」
なぜか、絵里が隣で胸を張って説明する。
「かごめちゃん、ずっと休んでて解らなくなっちゃったって、この前言ってたでしょ?だから、私なりにまとめてみたんだ」
おっとりとやや間延びしたような喋り方のあゆみが、今のかごめには後光の指す女神に見えた。
「あ、あゆみ、ありがとう~」
やっぱり持つべきは友達。神はこの窮地に立たされた哀れな受験生を見捨てたりはしなかったのだ。
かごめが、友情に涙ぐみながらノートに手を伸ばすと、ひょいと由香が腕を伸ばして遠くへやってしまった。何が起きたのかと、由香を見れば更に笑みを深めてかごめを見下ろしていた。
「ただで、これが手に入るとは思ってないよね、かごめ?」
かごめにはその時、由香の背後に黒い羽と尖った尻尾が見えた気がした。




流行りの曲が流れる店内は、学校帰りの制服姿が多く見られる。がやがやと、人の気配が多い中、店の隅にある6人掛けのテーブルを4人で占拠する事に成功し、かごめたちはその上にノートや教科書を広げていた。
絵里と由香から休んでいる間のノートをコピーさせてもらい、あゆみからはまとめてもらったノートを基に数学を教えてもらっていた。
由香たちがかごめに要求したのは、いつものファーストフード店での期間限定商品だった。
「だからね、こことここをかけて、この公式を使うの」
「ああ、うん、そっかぁ。わあ、わかった!」
謎の数列が、一気に意味のあるものとなる。数学はひらめきと数式さえわかっていれば、あとは簡単だ。もう一度似た問題を解き始めたかごめの耳に、聞き慣れたフレーズが入ってきた。かごめたちが生まれる前の曲なのに、毎年この時期になると色んなところで流れている。かわいくてわかりやすいサビのフレーズが、すんなりと耳に入って覚えやすかった。
「そっか、もうすぐバレンタインか……」
だから、期間限定商品にチョコレート系の物が多いわけだ。今日の日にちを思い出し、バレンタインまであとわずかになっていることに気づいた。戦国と現代を行き来する生活ですっかりイベントごとに疎くなってしまっている。
「なんか、すっかり世間に置いてかれてる気がする」
ぼつりとため息混じりに呟いたかごめの言葉を拾ったのは隣にいたあゆみだ。
「しょうがないよ、かごめちゃん最近病気がちで、入退院繰り返してるんだし」
「そうそう、この前は極度の貧血と偏頭痛で意識不明になったんでしょ?」
やけにリヤルな病状にかごめは苦笑するしか無かった。戦国時代に行くために吐く嘘は、一度ネタ切れになったようだが、今度は具体的かつリアルに進化した。じいちゃんは医学書や通院先の病院で色々調べているらしい。本気で心配してくれる友人たちには心苦しいが、理由が理由なだけに本当のことが言えるわけもなく、かごめはぼろがでないようただ笑うしかない。
「で、思い出したところでさ、かごめは彼にあげるの?チョコレート」
由香が身をやや乗り出して聞いてきた。やはり来たかとかごめはこっそりため息をついた。かごめをここに誘った時点で、目的がショコラシェーキだけじゃないことはわかっていた。15才、思春期真っ盛りの彼女たちは、人の感情に敏感になると同時に愛とか恋とかに興味津々となる。目の前の彼女たちもしかりで、唯一彼氏持ちのかごめの進展には常に友としての心配と、好奇心を持っている。
「ん~、あげる予定はないけど。あいつこういうの興味ないし」
半分は本当のことだ。ただ犬夜叉の場合、戦国時代にバレンタインデーなどある訳がないため、興味が無いのではなく、知らないのだ。知ったところで、朴念仁かつ色恋沙汰に鈍い犬夜叉が意味を理解してくれるかどうかも怪しいものだ。
「え~、そんなこと無いって」
「興味無いフリして、案外期待してるかもよ」
現代の普通の男の子なら絵里や由香の言うことも当たっているかもしれない。
(だけど、犬夜叉だしな……)
曖昧に笑うかごめに、絵里がここぞと身を乗り出した。
「それに、せっかく本命がいるっていうのに、バレンタインに何もしないなんてもったいなさすぎ!私なんて今年も友チョコとお父さんにあげるのしかないんだから!!」
隣では、由香がうんうんと頷いている。本命チョコがあることについて力説する絵里の勢いに、かごめがやや圧されていると隣からあゆみののんびりした声が聞こえた。
「本命チョコがある場合って、義理チョコとか友チョコとかってあげないほうがいいのかな?」
何気なく届いた言葉だったが、それに恋に興味津々の少女は引っかかりを耳敏く聞きつける。
「って、あゆみ!あんたもしかして、本命チョコあげる相手がいるの!?」
「ちょっと、聞いてないわよ!だれ、私たちの知ってるひと?」
一気に興味が自分から逸れたことにそっと胸をなで下ろしたかごめは、やや柔らかくなったシェーキを口に含む。口にチョコの甘さと、カカオのほろ苦さが広がる。
(犬夜叉に、チョコかあ……)
ついさっきまで頭の中は、次の模試のことで一杯だったのに、今は不機嫌そうに眉を寄せる銀髪の少年の姿が占めていた。

 
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