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唐梨の木

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あの時、かごめが知らない男と並んで帰ってきた時点で、犬夜叉の胸を冷たい物が過ぎっていた。

気に食わなかった。

男が両手に荷物を持っているのを見れば、ただの荷物持ちにも思えたが、隣に並ぶかごめが楽しげに笑っているのを見ると落ち着かなくなった。

なぜ、その男に笑いかける。

何がそんなに面白い。

別れ際、かごめが男に何かを手渡すと、そいつは草太と同じ顔をして喜んだ。

家に帰ってきたかごめは犬夜叉の姿を見ても、いつもと変わらない笑顔を向けてきた。
にこにこと変わらぬ笑顔で、自分以外の男にチョコを渡したかごめ。

そんな少女の態度が解せなくて、苛々した気持ちが収まらない。

そんな自分の気持ちなど考えも付かないのだろう、かごめのその笑顔が許せなかった。
気が付けば、犬夜叉は横を通り過ぎようとしたかごめの腕を引いて、寝台に押し倒していた。

衝撃で閉じられた瞼が開かれると、困惑に揺れる瞳が自分を見つめた。さらさらと長い銀婁の髪が肩を伝い、少女を囲う檻を作る。

ああそうだ。このままこの少女を囲ってしまえばいい。そばにいるという約束を違えず、ずっと自分の目の届くところに。
丸く大きな瞳も、艶やかなぬばたまの髪も、滑らかで白磁のような肌も全て誰の目にも触れさせず、己の掌中に閉じ込めてしまえたら……

「な、何……」

「どういうつもりだ」

それなのにこの少女は、自分の指間からすり抜けていく。そして、笑うのだ。全てを包み込むように、己の浅ましい欲望など全く気づかないまま、他の者と等しく優しく微笑むのだ。

それがどれだけ残酷か知らずに。

他と等しくでは駄目なのだ。自分に向けられる笑顔は、特別であって欲しい。どうしようもなく愚かで幼稚な独占欲がこの身に渦巻く。
そう、たとえ異国の祭ごときでさえ、こんなにも胸を掻き乱す。

驚きで目を丸くするかごめは、自分が何を問われたのかわかっていないようだった。パチパチと瞬きを繰り返す。
「さっき、あの野郎に・・・」
言いかけて口を噤んだ。

かごめは他と変わりなく、平等に接してくる。同じように笑いかけてくる。
特別に思っているのは自分ばかりな気がして、犬夜叉は何も言えなくなった。

忘れられない女【ひと】がいる。

そんな己を省みて、どうしてかごめも同じ気持ちでいてくれると思った?
あの時交わした約束に嘘はなかったとしても、どうして今も変わらないと思える?

ようやく問いかけの意味を理解した様子のかごめは、驚いたように犬夜叉を見つめた。
「見て、たの・・・?」
ぴくりと犬夜叉の肩が揺れ、かごめの手首を抑えつける手に力が入った。かごめが僅かに顔をしかめる。
「……ああ」
短く犬夜叉が答える。するとかごめの、そっかとつぶやく声が聞こえた。
「犬夜叉知ってたんだ」
不意にかごめと視線が合った。先ほどまで痛みにしかめていた顔からそれが無くなり、柳眉が申し訳なさそうに下げられた。それでもまっすぐに見つめる黒曜石の瞳に吸い込まれそうになる。
「ごめんね」
かごめから発せられた言葉の意味が分からなかった。
一体何にかごめは謝罪しているのだ。
 
「あの、ね」
かごめが何かを言おうとしていたが、それに構わず犬夜叉はその細く白い首筋に顔を埋めた。
もう何も聞きたく無かった。
 
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